町家学の基礎知識【鍾馗さん】
鐘馗(しょうき)さん。
一階の小屋根の上や二階の屋根の上に祀られている魔よけの瓦人形。
学業成就や厄病除け神様である。
唐の玄宗皇帝の悪鬼を退治した武将だとされている。
そして、端午の節句にも「鐘馗さん」は登場する。
長い髭を蓄え、中国の武官の衣を着用
そして剣を持ち、大きな目で何かを睨み付けている
そんな姿は京都の町家にも共通の形である。

旧大津市内にも結構存在するが
このように自分の住家を与えられている鐘馗さんは珍しい。
そんな目で町中を探してみてはいかが?
町家学の基礎知識【犬矢来】
犬矢来(いぬやらい)。
竹で出来たアーチ形の垣根。
馬のはねる泥、軒下を通る犬やネコの放尿から
壁を守るために作られたもの、とある。
また、泥棒が家に入りにくい効果もあるとされている。
ここ大津中心部、中央2丁目あたりと
京町通り(旧東海道)には比較的見つけることができる。



近年、和風の雰囲気を出すためこんな犬矢来も出現
クーラーの室外機などを隠す工夫にも使われている。
ちょっとした町へのこだわりで雰囲気が変わることも。

町家学の基礎知識【梲・卯建】
『うだつがあがらない…』
地位・生活などがよくならない、ぱっとしない。と辞書にある。
まあ、プラスさんを象徴しているような言葉である。
その語源が梲・卯建(うだつ)で、
頻繁に起こった火事、隣家からの延焼を防ぐための防火壁であった。
だんだん華美になって、装飾的な意味に重きが置かれるようになる。
自己の財力を誇示するための手段として、
競って立派なうだつが造られるようになった。
しかし大津中心部に残るものはわずかで
虫籠窓よりも探すのが困難なほど。
加えて残念な事は、大きな商家が自分の経済力を背景に
昭和の中頃から、どんどん新しく店を立て替えた(看板建築という)。
当時は町家という言葉もなく、今ほど古いものを大事にするという
風潮もなかった。まあ、いけいけドンドンちゅう感じで変わって行った。
古い家は不便やし、かっこうが悪いちゅことである。
長等神社あたり。

旧北国街道尾花川あたり。

重要伝統的建造物保存地区に指定されている徳島市脇町うだつの町並み。
町家学の基礎知識【虫籠窓】
虫籠窓〈むしこまど〉。
通り面した中二階に、通風と明かりとりのために設けられた窓である。
江戸時代、本格的な二階家を建てることが禁止されていた。
「商人や町人が武士を見下ろす」という事が
許されていなかったからである。
高さを抑えた中二階(厨子二階)は
主に物置き部屋や、使用人の寝間として利用されていた。
そのための風通しであり、明り取り窓であった。
大津中心部にもわずかに残っている、観音寺あたりに残る虫籠窓。
私が知る限り、このあたりで一番美しい虫籠窓(神出町あたり)


こんな変わった窓もある
(重要伝統的建造物群保存地区 富田林・寺内町)

アートする鉄管
玄関前にあるガス管である。
この町に都市ガスが通じたのは、多分40年以上も前
当時は大阪ガス、今は大津市の企業局が管理する。
もともと、狭小地に連棟の住居が多いこの古いまち。
無理にガス管を通すには
通りに面した表玄関側にしか取りつけられぬ。
直角に曲がった管や、寸法の短い管を組み合わせてメーターを繋ぐ。
ずいぶんよく出来た工夫ではある。
で、最後に住まなくなったら、メーターは外される。
合理的ではありますが……。


長崎屋食堂
長崎屋食堂。前から気になる場所であった。
亡くなったご主人が、戦後すぐに
この地でカステラを焼いて販売していたからだという。
今は気ままに、お馴染みさんに麺類や丼ものを提供されている。
本日は寒いので鍋焼きうどんを注文。
壁に貼られた、手書きのメニューがずらり。
気さくな女将さんが、もう何年も変わっていないと笑っておっしゃる。
次は、女将さんの顔アップでもご紹介しよう。



友だちのうちはどこ?
先週から始まった「第3回午前十時の映画祭」
年間、50本の名画を週替わりで上映される。
今週は(金曜日16日まで)「友だちのうちはどこ?」を上映。
1993年のイラン作品。
………小学2年生の主人公が、間違って持って帰った友達のノートを
隣町に住むその友だちに届ける………という単純な物語である。
巧みなカメラ使いと、どこかノスタルジックで素朴な風景
おじいさんや、洗濯するおばさん、さらにニワトリ、牛などの日常を
淡々と描きながら、最後にホットする名作であった。
《大津アーカスシネマ 誰でも1000円》


万馬券奪取!
絵馬に「万馬券奪取!」との願がかけられている。
長等神社境内の右奥のほうにある小さな社、大津馬神社である。
馬に特化した「知る人ぞ知るの……有名な神社」である。
競争馬の持ち主や、ジョッキーさん、一攫千金を夢見る
競馬ファンなどが訪れ、ニンジンなどをお供えして、必勝祈願。
競馬好きにはたまらん、神社さんではある。



飾り窓 その②
飾り窓、その②。前回と同じ場所である。
やはり花街として、雰囲気が色濃く残っている窓2点。
昭和の中頃、この建物はダンスホールとして活躍していたと聞く。
建物の上部に、釘のようなもので留めた跡が残っている
これは、ネオン管があった跡だと思われる。
きらびやかな光は、つかの間の夢を追い求めていたのかもしれない。
まあ、そんな事を考えながら歩いていると、
この町の変遷と終焉を感じずにはいられない。
この丸窓、かなり手の込んだ美しい窓だったに違いない。
土壁が剥落し、もう雨風もしのげないほどのダメージだが……。


飾り窓
まちなかを注意深く見ながら歩く……。
誰も振り向かないような所に、気のきいたデザインのこんな窓があったりする。
特に旧大津市内、長等2~3丁目あたりの
花街があった柴屋町の風情は時間が止まったまま。
そして残すべき理由も無く自然に消えていく。
横長のかぶらのような窓、お寺にある梵鐘のような窓……。
誰がどんな目的で作ったか知らないが、その遊び心がうれしい。
再開発にでもあえば、風の中の塵のように
消えていくことだけは確実である。

